2015.05.11

急成長中の出生前診断(NIPT)に見る臨床検査の有用性

みなさん、こんにちは。
JOMDDでメディカルディレクターと事業開発を担当している小林です。
今回は少し専門的な内容となりますが、臨床検査の有用性についてご紹介したいと思います。(臨床検査の定義はこちら

4月11日付の朝日新聞に以下の記事が出ていました。
「陽性判定の167人が中絶 新型出生前診断開始1年半」
http://www.asahi.com/articles/ASH4B6KCBH4BULBJ011.html(引用元のリンク切れのため、2018年3月に該当リンクを削除致しました)

記事によると、1年半で新型出生前診断を12782人が受けており、その内219人が陽性と診断され、176人の異常が確定。さらにその内167人が妊娠中絶したとのことです。

先日のブログで弊社の石倉が新型出生前診断の市場規模の話を紹介していたので、今回はNIPTを題材に臨床検査の有用性について考えてみたいと思います。

新型出生前診断(NIPT)は、母体の血液を採取し、PCRを用いて検査を行うため非常に侵襲性が低く、それだけで胎児の染色体異常を発見することができるため今注目されている技術であることは、既出のとおりです。一方、低侵襲であることは、普及した際に偽陽性・偽陰性の問題が大きくなる可能性があるとも言えます。

一般的に、検査の性能を表す数値として、感度・特異度という概念があります。

感度とは、実際に疾患を持つ人のうち、検査で陽性となる人の割合であり、
特異度とは、実際に疾患を持たない人のうち、検査で陰性となる人の割合です。

当然ながら、感度・特異度が両方共高い検査が良い検査であることは言うまでもありません。NIPTでは、21番トリソミー(ダウン症)に対して、感度99.1%、特異度99.9%という値であり、精度の高い検査です。(確定的検査となっている羊水染色体検査では、感度99.32%、特異度99.86%)

しかしながら、現実社会における臨床検査の有用性を考える際に以下の2つのポイントが重要になります。
1. 事前確率
2. 偽陽性・偽陰性の時の損失

1. 事前確率
検査対象の中にどの程度の患者が含まれているか(有病率)によって検査結果の価値が変わってしまいます。NIPTの検査対象は高齢の妊婦が対象です。妊婦の年齢が40歳を超えるとダウン症のリスクは1%を超えてくるということを踏まえると、仮に検査対象の100,000人がうち1,000人(1%)がダウン症を持つと仮定した場合、検査結果は以下のとおりとなります。

疾患を持つ1,000人のうち、検査陽性991人、検査陰性9人
疾患を持たない99,000人のうち、検査陽性99人、検査陰性98,001人

この場合、検査陽性の結果を受け取る1,090人のうち991人が実際にダウン症の胎児を妊娠していることになります。(この場合、991/1,090≒0.91となりますが、これを陽性的中率91%と言います)

さらにこの後、「NIPTいいらしいよ」と普及してきて、より若年の妊婦まで検査を行うことになるかもしれません。※ダウン症は妊婦の年齢が30歳未満であれば1,000人に1人程度(0.1%)です。
その時仮に検査対象の100000人のうち100人(0.1%)がダウン症を持つとすると、検査結果は以下のとおりとなります。

疾患を持つ100人のうち、検査陽性99人、検査陰性1人
疾患を持たない99,900人のうち、検査陽性100人、検査陰性99,800人

こうなると、検査陽性を受け取る199人のうち、過半数の100人は実際にはダウン症ではないことなり、陽性的中率は49%に大きく下がります。
※実際に朝日新聞によると、陽性219人のうち、確定診断に至ったのは176人(陽性的中率80%)

つまり、検査結果の情報としての価値は有病率によって大きく変わってしまう、ということが分かります。

2. 偽陽性・偽陰性の時の損失
しかし、検査には偽陽性・偽陰性は必ずついてくるものであり、検査の目的・有病率や診断ミスの際の損失などを考慮して、検査を使い分けることが重要です。(検査の閾値の設定も含めて)
例えば、ガンのスクリーニング検査であれば、見逃しを絶対に避けたい(感度を高める)ことが一般的ですが、インフルエンザの検査ではどちらかというと、若干のインフルエンザを見逃しても困らないものの、風邪をインフルエンザと診断されるのは困る(特異度を高める)という考えが一般的ではないかと思います。

では、NIPTの場合はどうでしょうか。

・偽陽性の場合
現在の診療の流れでは、検査で陽性の場合は侵襲性の高い羊水検査を行う、ということになっています。危険性は比較的高いものの、この検査の流産のリスクは0.06%と言われています。
一方で、新聞報道によると、確定診断を受けると97%が中絶を選ぶことに加え、確定診断を受ける前に中絶をする妊婦もいるようです。日経新聞(2014年6月27日)によると、142人中3名(2.1%)が確定診断前に中絶をしています。

・偽陰性の場合
「胎児はダウン症ではない」と言われていたのに、生まれたらダウン症であった、という状況です。

確定診断である羊水検査の精度にもよりますが、羊水検査も完璧な検査ではありません。しかし、流産のリスクがあることや侵襲性が高い検査であるために、安易に有病率の低い患者層に検査が普及することは現状では起きていません。
一方、NIPTについては採血検査でできることから、医師の裁量次第では安易に有病率の低い患者層に拡大利用される可能性があります。その場合、偽陽性・偽陰性の問題(特に「健常な子供を人工中絶してしまう」という問題が大きい)が出てくるかもしれません。
このように、臨床検査の有用性を考える上では、感度・特異度などの検査精度だけでなく、有病率・医師の判断など臨床検査における技術面以外の要素も非常に重要となります。NIPTのように本来リスクが低い人への検査が広がることで、検査の「マイナス面」が浮き彫りになってくる可能性があることについて、一定の注意を払うべきであると言えるでしょう。